「こ、こんにちわ」
「な、な、何であんたがうちにいるのよー! 平井良太!」

 目を丸くして驚くさよちゃん。そりゃそうだろう。俺がさよちゃんだったとしたら、どの面下げて来たんだって思う。
「平井君って言うのね。せっかく来てくれたんだから、上がっていく?」
「あ、いえ。流石にそれは」
「そう? 男の子のお友達が家に来るなんて初めてだから、おばさん嬉しくって」

 そういうものなんだろうか。だが、これがもし父親だったら間違いなく追い出されているだろうが。
「ちょっとお母さん。どういうこと?!」
「平井君だったかしら。うちのインターホンを鳴らすか鳴らさないかで、10分以上悩んでいたから見てられなくて」

 エレベーターから降りてすぐ俺に声をかけてきたと思ったのだが、実はもっと前から観察されていたのか。
 ちょっと、いやかなり恥ずかしい。
 だが、ここまで来たんだ。もう、恥ずかしいとか言ってられない。こうなったら、やるべきことをやるだけだ。

「で、一体何しにきたのよ」
「いや、あのさ。前にさよちゃんに酷いこと言っちゃったからさ……」

 話途中だが強い視線を感じ、思わずそちらに視線を動かす。
 廊下の奥、リビングだろうか。扉の隙間から、さよちゃんのお母さんがこっちの様子をうかがっている。
 そして俺の視線に釣られて、さよちゃんも後ろを振り返り、視線に気づく。
「……ちょっと、ここはやめましょう。靴脱いで上がって」
「えっ?!」
「いいから、早く!」

 言われるがままに急いで靴を脱ぎ、すぐ右の部屋に入れられる。
 机に本棚、そしてベッド。オフホワイトで統一された家具と、ウサギのぬいぐるみ。
「もしかして、さよちゃんの部屋?」
「そうよ。人の部屋をあんまりジロジロ見ない」
「ごめん。女の子の部屋なんて初めてきたから、つい」

 さよちゃんがベッドに腰掛け、俺に椅子を薦めてくる。
 が、椅子には座らずその場で土下座する。
「さよちゃんゴメン。俺、さよちゃんのことを何もわかってないくせに、酷い事ばかり言って」
「……」
「俺、橋長先生に聞いたんだ。さよちゃんが新聞部のために、どんなことしてくれているのか。それなのに……」

 ――すっ

 頭を下げたままなので見えてはいないが、多分さよちゃんが立ちあがったと思う。

 ――ごすっ!

「――ぐっ」

 中々に重い一撃が脳天にきた。
「はい、もういいわよ。その土下座はやめて」

 おそるおそる顔を上げると、さよちゃんの右手には分厚い国語辞典。……あれで殴られたのか?
「まったく、あんたは……」
「ごめん」
「あ、まだ許してないわよ。土下座はもういいって言ったけど」

 うっ……とりあえず、言われた通り土下座はやめ、示された椅子に座る。
「許して欲しかったら、罰として1日私をもてなして」
「へっ?」
「今度の日曜日。10時に舞洲のテーマパーク入口に集合だからね!」

 ん? それってもしや、デートというやつではなかろうか。
「さよちゃん、もしかして」
「うるさーい! 毎晩泣きじゃくるくらい、めちゃめちゃショックだったんだからね。これで許してあげるって言ってるんだから、観念して従いなさい」

 さよちゃんが顔をそらし、横を向いた時にドアが開く。
「平井くーん、紅茶で良いかしら」

 さよちゃんのお母さんが、ニヤニヤしながら部屋に入って来る。
 うわ、絶対聞き耳立ててたよ、この人。

「デート? デート? 楽しそうね。小夜子、男の子とデートなんて、初めてじゃないかしら」
「お母さん、うるさい! 早く出てって」

 無理矢理お母さんを部屋から追い出すさよちゃん。耳まで真っ赤になっている。
「ふふっ、青春ねー」

 お母さんのせいで、非常に気まずい空間が出来てしまった。